著者
粉川 一郎
出版者
武蔵社会学会
雑誌
ソシオロジスト : 武蔵社会学論集 (ISSN:13446827)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.1-22, 2020

1998年のNPO法施行以来,評価と協働という概念は非常に注目を浴びるものであった。しかしながら,評価も協働も民間非営利セクターにとって重要な意味を持つ概念であるにもかかわらず,必ずしもその実践,研究は十分とは言えず,研究テーマとしても関心が低く留まる状況があった。一方,SIB(Social Impact Bond)という考え方が主にイギリスの取り組みを中心に紹介され着目されるようになる。SIBとは,投資家が社会的活動を行うサービス提供者に事業資金を提供し,サービス提供者が社会的なサービスを提供,その社会的サービスの成果を独立した評価機関が評価し,成果目標を達成した場合のみ,行政が投資家に成功報酬を償還するという新しい社会的事業の実施スキームであり,国内の研究者からもその可能性への期待と,日本での適用の難しさなどが指摘されている。2015年以降,SIBは日本でもいくつかの実証事業が実施されており,筆者は尼崎市での実証事業に参加している。参与観察者として実際にSIBを分析すると,SIBが評価と協働というテーマにおいて多くの課題を解決する可能性を持ちうることが見いだされた。具体的には評価ではコスト負担の問題や評価の学びの問題,協働においては市民提案型の協働事業の持つ問題や,基本的な協働原則がSIBによってクリアされることがわかった。こうしたメリットを考えた時,SIBを柔軟に日本社会で取り入れていくことが必要と考えられる。
著者
中 正樹 日吉 昭彦 小林 直美
出版者
武蔵社会学会
雑誌
ソシオロジスト : 武蔵社会学論集 (ISSN:13446827)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.147-182, 2015

本研究の目的は,2012年に開催されたロンドンオリンピックの開催期間における日本のテレビニュースの報道傾向を明らかにすることである。そのために,ロンドンオリンピック開催期間に日本のキー局の代表的なニュース番組が提供したすべてのニュースを対象として量的分析を実施した。そして,(1)各ニュース番組の報道傾向,(2)各ニュース番組の英国に対する報道傾向,(3)ニュース番組全体からみた英国報道の傾向,以上の3点に焦点を絞って考察した。考察の結果,以下のような知見を得た。(1)フジテレビ「NEWS Japan+ すぽると!」およびテレビ朝日「報道ステーション」が特徴のある報道をしていた。(2)各ニュース番組の報道傾向は,TBS「NEWS23X」を除いて北京オリンピック開催期間における報道傾向と類似していた。(3)オリンピック開催期間中,ニュース番組が提供する英国ニュースはそのほとんどがロンドンオリンピック関係のニュースで占められていた。(4)ロンドンオリンピック開催期間における英国報道のフレームは,主に競技結果に関するスポーツニュースを選択・強調しており,社会や政治のニュースを選択する方向では機能しなかった。本研究は,先行研究として実施された北京オリンピック開催期間における研究と比較検討を重ねることによって,より大きな成果が期待できる。今後の課題である。
著者
安藤 丈将
出版者
武蔵社会学会
雑誌
ソシオロジスト : 武蔵社会学論集 (ISSN:13446827)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.31-65, 2015

本稿では,日本の脱原発運動が国政選挙に関わる際に,いかなる困難に直面したのかを論じる。具体的には,脱原発運動の参加者によって組織され,1989年7月の参院選に挑んだ「原発いらない人びと」(以下,「いらない人びと」と略記)の選挙キャンペーンを考察の対象にする。1~2節で1989年の政治状況と「いらない人びと」の選挙戦について述べた後,3~5節では,「いらない人びと」が選挙戦で直面した3 つの困難を明らかにする。1つ目は,日本社会党の存在である。社会党は,古い革新政党的な性格を持ちながら,反原発を唱えるというユニークな存在であった。社会党の存在は脱原発運動内の政党支持に関する判断を分岐させ,脱原発政党に運動の票が結集するのを妨げた。2つ目は,選挙の異なる目的の間に生じた矛盾である。「いらない人びと」では,多数の票を獲得して議員を国会に送り出すこと以外に,選挙戦の慣習的なやり方や参加者同士の関係性を点検し,脱原発社会の生き方を体現するという目的があった。しかしながら,脱原発的な生き方の表現は,票の効率的な獲得とは必ずしも調和せず,「いらない人びと」では前者が優先されていった。3つ目は,直接民主主義の逆説である。自分たちの代表を選びたいという願いの強さが,他の政党の候補者との相乗りを拒否させることにつながったため,脱原発の小政党間の戦略的な連携はうまくいかなかった。以上のように,他の政党との協力や多数の票を獲得するための選挙体制などに関して,「いらない人びと」が合理性や効率性よりも民主主義を優先させたことの意味を論じるのが,本稿のめざすところである。
著者
安藤 丈将
出版者
武蔵社会学会
雑誌
ソシオロジスト : 武蔵社会学論集 (ISSN:13446827)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.1-37, 2019

本稿は,香港の広深港高速鉄道反対運動(反高鉄運動,二〇〇八~一〇年)が市民社会と社会運動に何を残したのかという問いを考察している。反高鉄運動は,高速鉄道の建設によって立ち退きを強いられた菜園村という小さな村の住民と外部からの支援者による抗議行動である。一節では,一九九七年に中国に返還された後の香港の社会運動の展開を追い,反高鉄運動の生まれた歴史的文脈を明らかにしている。「七一遊行」に代表される大規模イベントが繰り返し組織される中で,香港における脱政治的な文化に変化が生じた。二節では,二〇〇八年一一月,政府による菜園村民に対する立ち退き通告後の運動の展開を跡づけている。支援者たちは,高鉄プロジェクトをめぐる不正義を問題にすると同時に,香港における支配的なイデオロギーである資本主義的開発に対する根源的な疑問を呈したことを論じた。三節では,反高鉄運動の生んだ二つの遺産のうち,まず,非暴力直接行動の創出について論じている。「苦行」と呼ばれるユニークな路上の行動は,ローカルな運動がWTO反対運動のようなグローバルな運動と交錯する中で生まれた。本節では,「苦行」が慣習的なスタイルでは伝えにくい政治的主張を表現する方法であることを強調している。四節では,もう一つの遺産である農の発見に焦点をあてている。支援者たちは,菜園村民の農を基盤にした生活に刺激を受けた。それは,自分の食べる物を自分で作り,余分にできた物を近隣住民や友人にシェアしたり,露天で売ったりする暮らし方である。彼らは,土地を商業施設や住宅施設に変えるのではなく,耕して種を植えて作物を収穫することで生きていくやり方を見出した。以上のように,本稿では,反高鉄運動が路上における政治的表現の手法と農を基盤にした生活のモデルという二つの遺産を生み出したことを明らかにした。